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高松高等裁判所 昭和51年(ネ)314号 判決 1978年10月23日

主文

1  原判決中控訴人(附帯被控訴人)敗訴の部分を次のとおり変更する。

2  控訴人(附帯被控訴人)は被控訴人(附帯控訴人)入江音松、同入江キクに対しそれぞれ四〇万六三五二円及びこれに対する昭和四九年一〇月六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被控訴人(附帯控訴人)らのその余の請求を棄却する。

4  被控訴人(附帯控訴人)らの本件附帯控訴を棄却する。

5  訴訟費用は第一、二審を通じこれを二分しその一を控訴人(附帯被控訴人)の負担とし、その余を被控訴人(附帯控訴人)らの負担とする。

6  この判決は主文第二項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者双方の求める裁判

一  控訴人(附帯被控訴人)

1  原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。

2  被控訴人らの請求を棄却する。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

4  本件附帯控訴を棄却する。

との判決。

二  被控訴人(附帯控訴人)ら

1  本件控訴を棄却する。

2  原判決を次のとおり変更する。

3  附帯被控訴人(控訴人、以下単に控訴人という)は附帯控訴人(被控訴人、以下単に被控訴人という)入江音松、同入江キクに対しそれぞれ二五三万一七六〇円及びこれに対する昭和四九年一〇月六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

5  この判決は仮に執行することができる。

との判決。

第二当事者双方の主張

左記のほか原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人の主張の訂正)

原判決八枚目裏六行目から九枚目裏一行目までの主張を次のとおり訂正する。

五 治療費六万三五二〇円については、被控訴人らは後日健康保険によりこれに相当する給付を受けているので、その点の損害は既に填補されている。

仮に右治療費に対する保険給付がなされていないとしても、昭和四八年八月二七日加藤(加藤徹)において、損害賠償金の内金として一〇万円を被控訴人らに対し支払いずみであるから、右治療費はこれにより填補されている。

六 被控訴人音松は入江(入江誠一)の本件事故による死亡によつて労災保険法に基づき別紙労災保険金受給表記載のとおり、遺族補償年金等として昭和五三年二月までに合計三二五万五一一二円の支払を受けている。

そして、入江の父である被控訴人音松は明治四〇年七月一五日生れであり、母である被控訴人キクは大正二年六月七日生れであつて、いずれも入江が本件事故により死亡した昭和四八年八月二六日当時六〇歳以上であり、入江には配偶者も子もなかつたから、被控訴人両名がいずれも労災保険法第一六条の二第一項第一号、第三項により昭和四八年八月二六日から引続き同順位で遺族補償年金の受給資格があり、その受給金額は同法第一六条の三第二項により被控訴人ら各二分の一であるが、被控訴人らは同法施行規則第一五条の五により被控訴人音松を遺族補償年金の請求及び受領の代表者に選任して観音寺労働基準監督署長に届出で、被控訴人音松において全額を受領しているものである。

よつて被控訴人音松が昭和五三年二月末日までに受領した前記三二五万五一一二円はその二分の一にあたる一六二万七五五六円宛がそれぞれ被控訴人両名の各損害額から控除さるべきである。

なお右給付金は単に入江の逸失利益のみでなく、慰藉料をも含む入江の死亡による損害の全項目につきその全部又は一部に填補されたか又はこれと損益相殺さるべきものである。

(控訴人の主張の補充)

一  「運行」性の否定

1 自賠法第三条の「運行」とは、同法第二条第二項に定められているように「当該装置の用い方に従い用いること」であり、自動車に関係するすべての事象を指すものではない。

本件事故当時ダンプカーである乙車は停車してボデーを斜めにあげていたが、そのボデーも停止していたものであり、しかも右ボデーの作動装置は土砂等の積載運搬物を降ろすための装置であり、物品を積載するために作動する装置ではない。

自賠法の立法趣旨も、当該自動車において通常予想される行動から発生する損害に注目して立法されているものであつて、該自動車に関係づけられるすべての事象を対象とするものではない。

「運行」の概念は本来場所的稼動を意味するものであるから、「運行」による損害とは該自動車の「走行」と密接に関連する範囲の損害が予想されていたものである。しかし、近年自動車の予期以上の増加とそれに伴う生活危険の著しい増加のため、被害者保護の見地から「運行」概念の拡大化傾向が認められるが、自賠法第二条第二項の文言上解釈技術的にその拡大化にも限度があるといわねばならない。現代社会における生活危険は、交通災害のみでなく、広くあらゆる分野に認められるものである。従つて、ひとり自賠法の「運行」概念のみを無制限に拡大して時代の要請に答えんとすることは立法論としてはともかく、解決論として認められない。自賠法第二条第二項の規定がある以上、同条項があつてなきが如き結果を生ぜしめる解釈は解釈技術を超えるものがある。そればかりか、立法論としても他の生活保障の遅れている分野と著しい不均衡を生ぜしめるものであり、安易に肯定できないというべきである。

2 乙車のダンプも、右拡大化の傾向により、仮に、自賠法第二条第二項の「当該装置」に該当するものとしても「用い方に従い用いる」とは、該装置の本来の目的に沿い、且つ積極的な操作による使用を意味するものと解すべきであり、これをもつて「運行」概念拡大解釈の限界としなければならない。

従つて、当該装置が使用目的外で、しかも消極的(不作為)に使用された本件のような場合まで「運行」と解すべきではない。

甲車を乙車に積載するなどは、乙車の所定の目的からは遠いものであり、その用い方に従い用いることとはならない。

二  「他人」性の否定

仮に、乙車の運行がなされていたものとしても、入江は自賠法第三条の他人に当らない。自賠法の立法趣旨は、自動車の運行によつて生じた人損のうち、その運行に何ら関与していない者を保護することにある。即ち、自賠法第三条の「他人」とは当該自動車の運行に関与した者以外の者をいうと解するのが同条の立法趣旨に合致するものである。

即ち、直接、間接を問わず、事実上該自動車の運行を積極的であれ消極的であれ支配していた者(以下単に運行関与者という)は、いわば自損行為的性質のものであつて、同法の保護対象として予定されておらず、このことは同法によつて運行関与者は損害賠償請求権者たる適格性を否定されていると解される。

運行関与者の中には、いわゆる運行供用者、運転者は勿論それらに準ずる地位にある者も当然包含されるものである。

大田(大田哲行)に対する入江の地位は、乙車の運行供用者である加藤に代つて大田を代理監督する地位にあり、特に本件の場合は、大田の一挙手一投足まで入江において指示している。

従つて、乙車の運転台に乗つていた大田と入江の地位と具体的指図からして、乙車の運行について大田、入江は共同して乙車の「運行」に関与していたということができる。入江の運行関与の程度をみるに、工事現場における入江は、使用者加藤不在の場合大田に対していわゆる代理監督者の地位にあつたため、本件事故当時も大田を具体的に指揮監督して、終始乙車の動静を支配していたから、乙車の運行は具体的、現実的に入江の直接の支配下にあつた。少なくとも、入江は、乙車の具体的運行支配につき運転者以上の地位にあつたものというべきである大田が無能力でないことの一事をもつて入江の運行関与者たる地位を阻却される理由は全くない。このように、大田、入江は共に乙車の運行関与者、広義では共同運行供用者であるが、「他人」性の有無の判断基準としては、運行供用度、運行支配度の強弱に依存せざるを得ない。

本件事故の態様は、大田は入江の指示により乙車の運転台に乗つて行為していたものであり(このことは直接大田の無能力を意味しない)、かかる状況での乙車に対する運行関与度をみるに、大田においては自己の行為自体を認識していたに止まるか、多くとも消極的に自己の行為を認容していたに止まるのに比して、入江は積極的に大田を指示して行動せしめたものであるから、乙車の運行に対する関与度は大田の比ではなく、ほとんど全面的に関与支配したといつても過言ではない。更に、このことは、右両名の関係が共同運行支配者といつても併列的でなく、主従的共同運行支配の関係にあり、入江が本件乙車の具体的現実的運行支配者であつたことを示すものである。

右のように乙車の運行支配について中心的役割を果した入江は、自賠法第三条の立法趣旨からして、運行供用者側に位置し、同条の「他人」には該当しないものといわねばならない。

本件の場合、仮に大田が主導的に乙車を支配し、入江が従たる地位にあつたのであれば、共同運行支配者といえども入江は「他人」性を有すると解釈することが可能な場合もあるかも知れないが、本件の場合は入江の判断によつて乙車が動かされていたのであるから、単的に自損行為的事故であるといい得る。

よつて、入江については「他人」性を否定さるべきが当然である。

特に重要なことは、入江が、自己の雇傭主であり且つ乙車の保有者である加藤から、ブルドーザーを運搬するにはブルドーザー運搬専用自動車を使用するよう厳命されているにも拘わらず、あえて右業務命令に背き、加藤に無断で乙車をブルドーザー運搬の用に供したことである。それも経験浅く何も判らない大田に対して、入江は、先輩である地位を利用して心理的に威圧すると同時に、過去の経験から、確実に安全である旨を述べて信じ込ませている。

本件と極めて類似性のある判決例として最高裁第二小法廷昭和四九年一二月六日判決があるが、それによると、会社の従業員が会社所有の自動車を会社の命令に背反して無断使用するに際し、その同乗者において、無断使用を知りながら、従業員を積極的に、そそのかして運行せしめ、よつて生じた事故について、同乗者は自賠法第三条の保護の価値がないものとして、会社に運行供用者責任を否定している。(同庁昭和四七年(オ)第九三〇号事件、法曹時報第二九巻、第六号一五一頁参照)

本件事故は右判例に極めて類似しているだけでなく、右判例事案以上に自賠法第三条適用を排除されねばならない事案である。即ち、入江において、大田が反対しているのに保有者加藤の乗務命令にあえて反し、乙車を無断で用途外に使用したものであり、且つ、大田を積極的に、そそのかす程度以上に先輩として指示命令しているからである。

以上から本件事故によつて加藤に自賠法第三条の運行供用者責任を問うことはできないというべきである。

三  自賠法第三条の免責主張

仮に入江において「他人」性が認められるとしても、加藤は自賠法第三条の免責要件を具備するものであり、特に大田の無過失を主張する。

原審は、大田において「断ろうと思えば断れる立場にあつた」として期待可能性を肯定している。勿論絶対服従の上命下服の関係にあつた訳ではないから、意思行為としては断れる可能性は僅少でもあつたとも考えられるが、問題は大田において、仕事の内容について経験が浅く、特に先輩で経験の豊富な免許も持つている入江から「過去において経験もあり大丈夫である」と断言的に言われれば、いかに自動車の運転免許取得者である大田であつても、また他の通常運転者であつても、ブルドーザーをダンプに積載することについて、本件のような結果が発生することを予見することが出来たかは疑問であり、むしろ諸般の状況からして、大田において免許も持つており、経験のある先輩の入江が確信をもつて主張し、具体的に手足をとつて指示するものであるから危険性はないと判断(それでも尚危険と判断できる期待可能性はない)したとしても不注意とはいえない。即ち、注意義務の内容と程度は行為時の特殊事情によつて規定されるものであり、本件の場合、通常人が大田の立場に立つたとしても同様の判断をしたであろう状況であつたから、本件事故における大田の所為は無過失といわねばならない。

四  仮に加藤が自賠法第三条による損害賠償責任を負担するとしても控訴人は次のとおり主張する。

1 過失の割合について

大田に過失があるとしても、その過失の割合は多くとも一〇パーセントを超えるものではない。

2 生活費控除について

入江の逸失利益算定における生活費控除の割合は、単身者でもあり、他に特別の事情もないので五〇パーセントが相当である。

3 中間利息控除方式について

控除方式としては、近時ライプニツツ法に合理性があることは、一般的に認められているところであり、特に本件においてホフマン式を適用すべき積極的理由のない限り、ライプニツツ方式によるべきである。

4 慰藉料について

本件事故は、純粋な労災事故であり、被災労働者の同僚によるものであるが、本件は被災労働者が主導的地位にありながら、自己の重大な判断の誤りに基因して生じたものである。

右事情は、全く無関係な第三者加害による交通事故等による慰藉料算定の場合とは事情が異なることを示しており、更に昨今慰藉料の民事制裁的性質が多く加味されていることをも考え合せるとき、本件の場合は、通常の場合に比して相当の減額をして然るべきである。

従つて四〇〇万円の慰藉料はあまりにも高額というべきである。

(被控訴人らの主張の訂正)

原判決九枚目裏八行目から一二行目までの答弁等(控訴人の抗弁に対する認否等)を次のとおり訂正する。

二 同五項のうち前段の事実は否認する。

三 同六項のうち第一段及び第二段の事実は認める。労災保険法に基づく遺族補償年金は本人の死亡を原因として支給されるものではあるけれども、保険加入者からの保険料(掛金)の支払いがあつたことを基礎として支給されるものであり、生命保険金と同様に本来損害の填補を目的とするものではなく、また直接本人に生じた損害を填補するものでもなく、遺族の保護のため、遺族に固有の補償として支給されるものであるから、その性質上損害賠償金と損益相殺されるべき筋合いのものではなく、右年金を被控訴人らの損害賠償請求権から控除することは不当と言わざるを得ない。(高知地判、昭43・4・15参照)

仮に遺族補償年金が控除されるべきものであるとしても、右年金は慰藉料債権を填補する性質を有しないから、逸失利益との間でのみ損益相殺の対象となり、慰藉料との間では損益相殺の対象とならない。(高松地丸亀支判昭33・12・26、最判昭37・4・26)

(被控訴人らの主張の補充)

一  「運行性」について

1 自賠法第三条にいう「運行」とは自動車を当該装置の用い方に従い用いることをいう(自賠法第二条二項)か、「当該装置」とは、該自動車の装置、つまり乗用自動車、貨物自動車、特殊自動車等それぞれの用途に応じてその構造上設備されている各装置、例えば、操向、制動、機関、積載、吊り上げ等の各装置を言い、「用い方に従い用いる」とは右それぞれの装置をその目的に従い使用すること、例えば、走行、停車中のドアーの開閉、側板の開閉はもちろん、路上に単に駐車している場合も含まれる。と解するのが相当である。

今日の錯綜した道路交通事情のもとにおいて自動車そのものが著しい危険を形成する要因をなしている実態に照らせば、右の如く解することこそ自動車の危険に対し被害者の広い保護を目的とする自賠法の精神に最もよく適合するものと言わねばならない。

2 本件事故においては、加害車(乙車)は被害車(甲車)を乙車に積載するため後部荷台を約三〇度の角度に上げ、後部の枠を開ける等の当該装置の用法に従つた積極的操作により使用されていたのであるから、自賠法第三条にいう「運行」に当たることは明白である。

二  「他人」性について

自賠法は「自動車の運行によつて人の生命又は身体が害された場合における損害賠償を保証する制度を確立することによつて被害者の保護を図る」ことを目的とするものである(同法第一条)。即ち、同法は被害者保護を目的として制定されたものであつて、右立法の精神により鑑みるとき、同法の解釈もまた右精神に則つてなさるべきものである。

然るときは自賠法第三条の「他人」の解釈にあたつても可能な限り緩やかに即ち拡張して解釈されるべきであつて、他人が現実の運転者をして絶対的に服従せざるを得ない状態の下で運転行為をせしめた等の特別の事情のない限り、右条項にいわゆる他人とは運行供用者及び現実の運転行為者以外のすべての者を含むと解すべきである。(最判、昭44・3・28)

本件事故において控訴人は、乙車の運転手たる大田の一挙手一投足までが甲車の運転手たる入江において指示されており、乙車の運行支配は入江の直接支配下にあつたと主張している。

なるほど本件事故当時、入江は加藤方に雇用されて約一〇か月であり、大田は約一か月であり、入江の方が先輩ではあつたが、年齢差もさしてなく、また職制上上司部下の関係にあつたものでもない。従つてブルドーザー積込み作業に関して入江より大田に対し仮に命令及び指揮をしていたとしても、この命令に絶対的拘束性があつたとは認められない。ましてや大田はダンプカーの運転手として運転免許を有し、道路交通法も充分マスターしており、右ブルドーザーの積込み作業の危険性は予見することができたはずであるから、これを止めさせる業務上の義務があるにも拘らず、入江と共同して漫然と右作業をしていたから本件事故が発生したのである。即ち、大田と入江との間においては、控訴人の主張する如く、入江が大田の一挙手一投足まで指示し、大田の行為に関して絶対的支配をもつとの関係は何ら存在せず、大田は運転者として自己の判断に基づいて右作業を行つていたものであるから、乙車の運行支配は大田にあつたと言う他なく、入江が自賠法第三条にいわゆる「他人」に該当することは明白である。

三  大田の過失の有無について

控訴人は大田の無過失を主張するが、たとえ控訴人の主張する如く大田において仕事の内容について経験が浅く、先輩である入江の指揮命令を受けていたとはいえ、その命令には前述した如く絶対的拘束性はなく、拒否しようと思えば拒否しうる立場にあつたものである。まして入江が控訴人の主張する如く加藤の業務命令に違反しているのであれば、入社して日が浅くとも入江の命令指揮に従う義務もなく、これを拒否できるのである。このように大田は自らの判断によつて行為しえたのであるから、運転者として安全運転につとめなければならない義務があり、当該ブルドーザー積込み作業の危険性を予期しうるにも拘らず、漫然と入江との共同作業に参加していて本件事故が発生したのであるから、大田には明らかに過失がある。大田に過失がある以上右車両の保有者である加藤は自賠法第三条の責任を免れることはできず、従つて自賠法第一六条第一項の要件を充足し、控訴人は保険金を支払う義務がある。

四1  過失の割合等について

本件において損害賠償額を定めるにつき、たとえ入江の過失を考慮に入れるにしても、大田の過失との割合を八対二と定める原審の判断はあまりにも不当である。

また原審は慰藉料についても右割合による過失相殺を認めるのが不当である。被控訴人らが老齢であるうえに、被控訴人キクは第一級の身体障害者であつてみれば、一人息子の死によつて被控訴人らはその物質的及び精神的支柱を失つたのであり、その失意は察するに余りあるものである。この点を充分に斟酌すれば、本件においては少なくとも慰藉料について過失相殺をしないことが公平の見地よりしても相当と思料される。本件において過失相殺をするには財産的損害だけで充分であり、慰藉料についても過失相殺をすることは公平の立場から認めるべきでない。慰藉料額の算定の基準としては加害者側の過失の程度及びその他の事情一切と被害者側の過失の程度、社会的地位その他一切の事情が考慮されているからである。

2  生活費控除について

入江の逸失利益算定における生活費控除の割合は三〇パーセントが相当である。

3  中間利息控除方式について

裁判実務では中間利息はほとんどホフマン年ごと複式によつて控除している現況にあり、本件においてホフマン方式を適用したからといつて何ら不合理であるとは言い得ない。

4  控訴人は慰藉料額そのものを減額すべしと主張するが、その根拠とするところはまさに過失相殺の理論そのものであつて、もしこれを認めたうえ、さらにこの額につき過失相殺が行われるとすれば、慰藉料額算定につき二重の過失相殺が行われることになり、これは明らかに不当である。(大高判昭42・7・25、判例タイムス〔編注:原文ママ 「判例タイムズ」と思われる〕211、154参照)

第三証拠〔略〕

理由

一  被控訴人らの請求原因一項の(一)ないし(四)の事実全部及び(五)の事実のうち大田と入江が共に加藤の被用者として本件事故当時共に作業をしていたこと、同二項の事実のうち本件事故当時加藤が乙車の保有者であつたことはいずれも当事者間に争いがない。

二  そして、成立に争いのない乙第一ないし第三号証、原審並びに当審証人大田哲行、同加藤徹の各証言(いずれも後記措信しない部分を除く)、原審における被控訴人入江音松本人尋問の結果を総合すると、原判決一〇枚目裏八行目から一四枚目裏五行目までの記載の事実(但し、一二枚目表一一行目の「夕刻に」と「全作業」の間に「ほぼ」と挿入し、同裏一〇行目から一一行目にかけて「大田もその危険性については一応判断したものの、大丈夫だと思い同調した。」とあるのを「大田はそのような方法は危険ではなかろうかと一応考えたが、ブルドーザーの運転免許を有し甲車を運転したことのある入江が、前にも積んだことがあるというのであるから、多分大丈夫なのであろうと思い入江に同調した。」と改め、一四枚目裏五行目に「自認しているところである。」とあるのを「原審で証人として証言している。」と改める)を認めることができるから、これを引用する。原審並びに当審証人加藤徹は「自分がいないときは入江の指示に従うよう大田に言つてあつた」と証言し、証人大田哲行も当審においては同趣旨の証言をするが、いずれも大田哲行の原審における証言に照らしにわかに採用し難く、他に右認定を覆えすにたりる証拠はない。

三  以上の事実によれば、本件事故当時加藤は乙車の保有者として乙車を自己のため運行の用に供していたものであり、その運転者である大田は乙車を運行し、その運行により入江を死亡させたということができるから、加藤は自賠法第三条により本件事故による損害を賠償する責に任ずべきものである。

四  運行性の点について

控訴人は、乙車の車体の作動装置は土砂等の積載運搬物を降ろすための装置であつて、物品を積載するために作動する装置ではないから、乙車の荷台を斜にあげて乙車に甲車を積載することは運行すなわち当該装置の用い方に従い用いることにはならないと主張するが、物品を積載して運送することはダンプカー本来の用法であるから、たとえ積載して運送しようとする物品がブルドーザーである甲車であり、そしてブルドーザーは本来その回送専用車に積載して運送すべきものであるとしても、甲車を乙車に積載するため大田が乙車の荷台の後側板を開き荷台前部を約五〇糎上昇させて荷台を傾斜させたまま停止していたことは、乙車を「当該装置の用い方に従い用い」たというべきであつて、控訴人の右主張は採用できない。

五  他人性の点について

控訴人は、自賠法第三条にいう「他人」とは直接間接をとわず事実上自動車の運行に関与していた者以外の者をいうものであり、大田は入江の支配の下に入江の道具となつて乙車の制動装置等を操作していたものであつて、入江が主となつて大田とともに乙車の運行に関与していたものであるから、入江は自賠法第三条にいう他人には該当しないと主張するが、前記認定のように、乙車は専ら大田がこれを運転して土砂の運搬に従事しており、入江は別のダンプカーである丙車を運転して同様土砂を運搬するか又は甲車を運転して整地作業を行つていたものであるから、入江は本来乙車にとつて他人であり、そして前記二掲記の証拠によると、盛土を踏台にしてダンプカーにブルドーザーを積込み、ダンプカーでブルドーザーを運送することは、一般に全く行われていないことでもなく、加藤においては入江に対しブルドーザーを回送するときには専用車で回送するよう指示してはいたが、ダンプカーに積んで運送してはならないとの指示まではしていなかつたことが窺われ、また前記認定事実によれば、大田は加藤がいない場合原則として先任者、年長者であり経験の豊富な入江の仕事上の指示に従うのが順当な立場にはあつたが、甲車を乙車に積むことは危険ではなかろうかと一応考え、入江の提案を強いて断ろうと思えば断われる立場にあつたのに、乙車に甲車を積むことに同意し、入江の指示に従つて乙車を操作したものであり、入江が大田を全面的に服従せざるをえない状況下において乙車を操作させたことを認めるに足りる証拠はないから、入江が自賠法にいう「他人」ではないということはできない。

六  次に、控訴人の免責及び過失相殺の抗弁につき判断する。

前記認定事実によれば、加藤が入江に対し甲車の運搬についてはブルドーザー回送専用車を使用するよう指示していたことが認められ、そして、ブルドーザーを運搬するにはブルドーザー回送専用車を使用すべきであるのみならず、盛土を踏台に利用してダンプカーの荷台にブルドーザーを積込むことは通常、ブルドーザーがダンプカーの荷台に乗り上がらずに転倒する等の危険を伴うものであり、まして本件のごとく柔らかでしかも土量の十分でない花崗土の盛土を踏台にするとなれば、その危険性は十分予想されたにも拘らず、入江はその点に思いを致さず、本件のごとき積込み方法をとることを考えこれを実行した結果本件事故に至つたものであるから、入江に大なる過失のあつたことは明らかである。

しかし、他方乙車の運転者である大田においても、入江より前記協力方を求められた際、断ろうと思えば断れる立場にあつたにも拘らず、その危険性に十分な注意を払わず多分大丈夫であろうと軽信して同調し入江の指示に従い乙車を操作したものであつて、この点において大田にも相当程度の過失があつたというべきであり、大田が全く無過失であつたということは到底できない。

従つて、損害賠償額の算定にあたつては前記入江の過失を斟酌すべきではあるけれども、控訴人の免責の主張は失当である。

そして、入江の過失と大田の過失の割合は、前記認定の諸般の事情に鑑み、入江八、大田二の割合であると認めるのが相当である。

七  そこで、本件事故により入江の被つた損害について判断する。

1  死亡に至るまでの治療費 六万三五二〇円

弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第四号証によれば、入江は死亡前川井整形外科医院で開腹手術等の治療を受け、右の額の治療費を要したことが認められる。

2  逸失利益 一二〇二万九六五〇円

成立に争いのない甲第三号証、証人加藤徹の原審における証言、同証言により真正に成立したものと認められる甲第五号証及び原審における被控訴人音松本人の供述によれば、入江は昭和四八年八月二六日の本件事故当時二五歳の独身で翌月には結婚することになつていたが、加藤方に勤務することにより同年五月から七月までの三か月間に五月九万七〇四〇円、六月九万一二六〇円、七月九万八五三〇円平均一か月当り九万五六一〇円の賃金を得ていたことが認められるので、右平均賃金を基礎とする一年当り一一四万七三二〇円の収入から生活費五割を控除し、就労可能年数を被控訴人ら主張のとおり本件事故後三八年(新ホフマン係数二〇・九七〇)として、新ホフマン式計算法により入江の逸失利益の総額から年五分の割合による中間利息を控除すると、その本件事故死当時の価額は一二〇二万九六五〇円となる。

なお、入江の逸失利益の算定における生活費控除の割合について、被控訴人らは三割が相当であると主張するが、前記認定の入江の年齢、収入、独身である生活状況に照らし、結婚の予定を考慮しても五割が相当であると認める。また、中間利息控除の方式について、控訴人はライプニツツ方式によるべきであると主張するが、諸般の事情により新ホフマン式計算法によることが相当であると認める。

3  精神的損害 四〇〇万円

これまでに認定した諸般の事情を総合し、入江の死亡による精神的損害は四〇〇万円をもつて相当と認める。

なお、控訴人は入江の過失を考慮すれば慰藉料四〇〇万円は高額に過ぎると主張するが、右に判定した額は過失相殺をする以前の入江の精神的損害額であるから、控訴人の主張は採用できない。

八  入江の被つた損害額は以上のとおりであるが、同人には八割の過失があつたと認むべきこと前記認定のとおりであるから、同人が加藤に対し取得した自賠法第三条による損害賠償請求権の額は治療費分一万二七〇四円、逸失利益分二四〇万五九三〇円、慰藉料分八〇万円(合計三二一万八六三四円)であつたということができ、前出甲第三号証及び原審における被控訴人音松本人の供述によれば、同被控訴人は入江の実父、被控訴人キクは実母であり、入江には配偶者、直系卑属がなかつたことが認められるので、被控訴人らは入江の右損害賠償請求権を二分の一宛(治療費分六三五二円、逸失利益分一二〇万二九六五円、慰藉料分四〇万円、合計一六〇万九三一七円)を相続により取得したということができる。

九  そして、被控訴人らの請求原因五項の事実は当事者間に争いがないので、被控訴人らはそれぞれ控訴人に対し自賠法第一六条第一項、第一三条第一項、同法施行令(昭和四八年一一月政令第三五〇号による改正前のもの)第二条第一項により、死亡に至るまでの傷害に対する自賠責保険金五〇万円の二分の一(相続分相当分)の二五万円の範囲内である前記治療費分六三五二円、及び、死亡による自賠責保険金五〇〇万円の二分の一(前同)の二五〇万円の範囲内である一六〇万二九六五円(逸失利益分一二〇万二九六五円、慰藉料分四〇万円の合計)の合計一六〇万九三一七円の支払を請求する権利を有したものということができる。

一〇  控訴人は、入江の死亡に至るまでの傷害に対する治療費六万三五二〇円については、被控訴人らは健康保険によりこれに相当する給付を受け、又は加藤よりその弁済を受けていると抗弁するが、右抗弁事実を認めるに足りる証拠はない。

一一  次に、労災保険法に基づく保険給付額の控除に関する控訴人の抗弁について検討する。

被控訴人音松が入江の本件事故による死亡によつて労災保険法に基づき別紙労災保険金受給表記載のとおり昭和五三年二月までに合計三二五万五一一二円(遺族補償年金二九六万〇九三二円、遺族特別年金一三万〇六四〇円、葬祭料一六万三五四〇円)の支払を受けたことは当事者間に争いがない。

そして、入江の父である被控訴人音松は明治四〇年七月一五日生れであり、母である被控訴人キクは大正二年六月七日生れであつて、いずれも入江が本件事故により死亡した昭和四八年八月二六日当時六〇歳以上であり、入江には配偶者も子もなかつたので、被控訴人両名が労災保険法第一六条の二第一項第一号、第三項により昭和四八年八月二六日から引続き同順位で遺族補償年金の受給資格があり、その受給金額は同法第一六条の三第二項により被控訴人ら各二分の一であるが、被控訴人らは同法施行規則第一五条の五により被控訴人音松を遺族補償年金の請求及び受領の代表者に選任して観音寺労働基準監督署長に届出で、被控訴人音松において全額を受領しているものであることも被控訴人らの認めるところである。

そうすると、被控訴人音松が受領した遺族補償年金合計二九六万〇九三二円は実質上は被控訴人両名がその二分の一宛受給したものであり、また前同様被控訴人音松が受領した遺族特別年金合計一三万〇六四〇円についても、労働者災害補償保険特別支給規則(昭和四九年一二月二八日労働省令第三〇号)第九条によれば、遺族特別年金は遺族補償年金又は遺族年金(本件の場合においては遺族補償年金)の受給権者に支給されるものであつて、その額については前記の労災保険法第一六条の三第二項の規定が準用され、また遺族補償年金の請求及び受領の代表者の選任に関する前記労災保険法施行規則第一五条の五の規定も準用されるのであるから、本件の場合遺族特別年金の受給権者も被控訴人両名でありその受給金額は各二分の一であり、そして、それにも拘らず被控訴人音松のみがこれを受領していることからすれば、それは被控訴人両名が被控訴人音松を請求及び受領の代表者に選任して届出でたことによるものと推認されるから、被控訴人音松が受領した遺族特別年金合計一三万〇六四〇円もまた実質上は被控訴人両名がその二分の一宛受給したものと認めることができ、したがつて結局被控訴人両名は前記遺族補償年金及び遺族特別年金として前記二九六万〇九三二円及び右一三万〇六四〇円の合計額の三〇九万一五七二円の半額である一五四万五七八六円の各支給を受けたものということができる。

ところで、遺族補償年金及び遺族特別年金はいずれも労働者の業務上の死亡による損害を補償するためのものであり、かつ、労災保険法第八条にいう給付基礎日額すなわち労働基準法第一二条の平均賃金を基礎としてその額が定められるものであるから、死亡事故に関する不法行為による逸失利益の損害賠償金と同質のものであるということができ、したがつて、加害者は被害者の相続人に対して、右相続人が被害者の死亡により遺族補償年金又は遺族特別年金の支給を受けたときは、これに相当する金額分の逸失利益の損害賠償義務を免れるものと解するのが相当である。

そうすると、控訴人は被控訴人両名に対して各一二〇万二九六五円の入江の死亡による逸失利益の損害を賠償する義務を負担していたのであるが、被控訴人両名は別紙労災保険金受給表記載の年月(あるいは年月日)に同表記載の金額の各半額宛の遺族補償年金及び遺族特別年金の支給を受けたのであるから、右支給の都度控訴人は右一二〇万二九六五円及びこれに対する右支給の日までの民法所定の年五分の割合による遅延損害金の賠償義務のうち支給金額に相当する金額の賠償義務を免れたものということができるところ、被控訴人両名が昭和五三年二月までに支給を受けた遺族補償年金及び遺族特別年金の合計額は各一五四万五七八六円に及ぶのであるから(右金額は、前記一二〇万二九六五円の全額について、入江の死亡の日である昭和四八年八月二六日から昭和五三年二月末日までの全期間にわたつて遅延損害金が発生するものと仮定してこれを加算した金額をも上廻るのであるから)、控訴人は被控訴人両名に対する入江の死亡による逸失利益の損害金及びこれに対する遅延損害金の賠償義務について既にその全額の免責を受けたものということができる。

しかし、遺族補償年金及び遺族特別年金は前記のとおり労働者の死亡による損害を補償するものであり、死亡前の負傷の治療による損害の補償を含むものではない(右は療養補償給付の対象になり得るにすぎない)ことは明らかであるし、また遺族補償年金及び遺族特別年金は前記の理由からいつて精神的損害に対する補償を含むものではないと解するのが相当であるから、被控訴人らが遺族補償年金及び遺族特別年金を受給したことにより、控訴人の被控訴人らに対する治療費相当の損害の賠償義務や慰藉料支払の義務が免責されると解するいわれはない。

また、労災保険法に基づき支給される葬祭料は、その支給があつたときは、被害者の葬祭を行つた被害者の遺族に対する加害者の葬祭費用相当の損害賠償義務が、支給された葬祭料の額の範囲で免責されるだけであつて、治療費相当の損害賠償あるいは慰藉料支払の義務がこれによつて免責されるとは到底解されない。

一二  結論

そうすると、結局、控訴人は被控訴人両名に対し、被控訴人両名が請求する金員のうち、それぞれ前記治療費分の損害賠償金六三五二円、慰藉料四〇万円合計四〇万六三五二円及びこれに対する本件事故後であつて訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和四九年一〇月六日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるが、右以上の損害賠償義務はないことになるから、右以上に被控訴人らの請求を認容した原判決の控訴人敗訴部分はこれを変更して、主文第二項の限度で被控訴人らの請求を認容し、被控訴人らのその余の請求を棄却し、被控訴人らの本件附帯控訴は失当として棄却すべきものとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九六条第九二条第九三条を、仮執行の宣言について同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 今村三郎 菅浩行 福家寛)

労災保険金受給表

<省略>

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